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| 国民のため、日本ための国家IT戦略を構築し実現します。 |
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  はじめに 1.インフラ重視のe-Japan戦略では国民は何も得られない 2.地域格差は民間に任せていても埋まらない。地方は道路でなく、BBをどうするかの方が問題である 3.心豊かなIT国家 4.ITが及ぼす経済構造の変化 5.IT国家日本を考える |
4.ITが及ぼす経済構造の変化 | |||
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私は、先に、インターネットは「見たくも無い情報」、「読みたくも無い情報」、「見せてはならない情報」、「読ませたくない情報」が無秩序に膨大に存在し、これを制御出来する事は不可能で あると申し上げました。既に無法地帯といってもよい状況です。本来の「国民が豊かになるIT社会」を構築するためには、現在の無秩序なインターネットを再構築する必要があると考えます。しかし、不可能なほど無秩序なインターネットが社会に蔓延している以上、これを一度停止させ再構築するのは至難の業です。例えば新宿の歓楽街のお店を一度全店閉店し、再開発するといっても土台無理な話です。停止させずに再構築するには、新しいルールを制定し、人の流れを変えるのが最適解だと考えます。 結論から言って、私は現在のインターネットはそのままに、新しいネットワークを、現在のネットワークの上に築き上げる政策を行いたい。新しいネットワークはIPVer6ベースである事は明らかなのですが、IPVer6が全てを解決するわけではありません。IPVer6自体はこれまた技術という道具に過ぎず、この技術をベースとして、どのような社会のグランドデザインを描くかという事が求められています。そのグランドデザインとは先に申し上げたユビキタスネットワーク社会です。高度情報化社会と申し上げても構いません。この次の新しい社会を考えるとき、避けて通れないのが、社会構造の変化です。社会構造の変化で国民生活に最も影響を与えるのが雇用構造の変化と新しい価値観の創造です。 2002年10月現在、北米の港湾労組であるILWUが、港湾労働者の雇用保全を訴えストライキを行っています。PMAなど経営者団体の方針に対して反対を訴えています。北米西海岸の港は、アジアを中心とした米国の輸入品の殆どを取り扱う重要な港が連なる地域です。ILWUのストライキは世界中の船会社、貿易会社、米国自身に深刻な影響を与えていますが、今回のILWUのストライキの理由のひとつに、「労働者の仕事を奪うな!」という主張があります。1日に膨大なコンテナが陸上げるされる北米西海岸の港では、陸揚げされるコンテナをどのトラックが何処に運ぶかを膨大な数の人員でトラッキングしています。これを全てICチップとバーコードスキャンによるオートメーション化する事で、コスト削減、経営合理化を図ろうとする経営側と仕事がコンピューターに奪われると主張する労働組合側で対立が生じているわけです。世界的に見れば、日本、香港、シンガポール、EC等、世界の殆どの国際貿易港では、コンテナのコンピューターによるトラッキングは既に実現されており、米国が最もおくれている地域のひとつと言われています。興味深いのは、経営側はIT化により現在の雇用は奪われても、新しい分野の業務が発生し全体の労働は守られると主張していることです。テロの影響で政府自体は輸入されるコンテナのトラッキング過程の監視・検閲を強化したい意向で、そのような条件も加わり、このストライキは当分終結しそうにありません。 このケースを考えれば、労働組合は、ITにより雇用構造が変化する事を危機と感じています。経営側は、チャンスと考えています。今後、我が国でも、ITを現実社会の道具として本格的に取り入れようとする時に、こうした経営側と労働側の二極対立構造があらゆる業界で発生すると思います。(日本の場合は、労働側の方がむしろ将来を考え、冷静な人が多いような気がしますが・・)政府は常に「ITにより新しい雇用が創造され雇用のスライドが起こり、最終的に雇用市場は拡大し、経済は成長する」と主張しますが、私は、そうは思いません。縮んだら縮みっぱなしであると思います。 何故なら、IT化は基本的に情報社会の基盤であり、工業社会において連動するものでないと考えるからです。単純な問題です。産業革命以降の工業化は、それまで人間が行っていた生産活動を機械が行うものです。機械が行うので、生産活動が飛躍的に拡大し、大量生産により富が発生し、帝国主義を生み出しました。工業社会における富は資本及び貨幣です。つまり、工業社会においては、富の「増大」が基本の流れで、工業社会は基本的に、増大・拡大・成長の社会です。産業革命以降、世界はこの流れで現代まで達しております。 しかし、情報社会は「知的」生産活動をコンピューターが行う社会です。情報化は、まず、それまでホワイトカラーが行ってきた知的生産活動や人的生産ベースで整備された生産構造をコンピューターが行うので、生産は飛躍的に正確さを増し、効率化、合理化します。次に、コンピューターは、電子的に接続され、知的判断が光の速度に達します。コンピューターネットワークです。コンピューターネットワークにより、「知の判断」は空間概念を取り払い、結果として知的判断は一瞬にして行われる迄に達しています。情報社会における富は「知」です。つまり、情報社会においては、知の増大が方向としての基本で、情報社会は基本的に、高効率化・合理化・成熟化、そして瞬間判断の社会です。 つまり、IT化は決して貨幣という富を増大するものではなく、多くの労働力を求めるものではありません。平たく言えばIT化で金が儲かるわけではありませんし、多くの人を雇用するものではありません。IT化の成功で得られるものは、知的財産が増大する事と、あらゆる判断が早くなるだけです。しかし、現在の富とは、例えば、「株価」という見えない雰囲気を基盤とした「数値」でしかありません。数値により、世界中の金融システム(経済システム=富)がネットワークで繋がっている現在、数値の交換が世界経済に影響を与えています。つまり、現在の富は電子的数値であり、富は一瞬で世界中を駆け巡っています。人間が考える暇はありません。また、もうひとつの側面として、富は電子的数値であると同時に、知的所有権(特許権等)に変化しています。現代はまだ実社会に貢献していないシステムや産業上の発明であっても、それは直ちに見えない雰囲気を基盤とした「数値」に変換される流れが出来つつあります。 つまり、経済社会の中でも、経済システムが最も早く、最も完全にIT化されている現在、富は、貨幣という富を増大するものではなく、ましてや、多くの労働力を求めるものではなくなっています。そして、富は「知」のブレや雰囲気や期待で一瞬にして数値を変化させ、その数値の変化は、まだ工業社会から抜け出していない企業や投資家を、全く新しいものさしで以て揺さぶり続けています。また、知的所有権は、場合によっては、それを実体経済に変換したとき以上の対価を要求する場合があります。それがひとつの企業を簡単に潰すくらいに、工業社会から抜け出していない企業や投資家を、全く新しいものさしで以て揺さぶり続けています。つまり、現時点の世界は、富のみが完全に情報社会に移行し、社会自体は工業社会に存在していると錯覚している状況です。 我が国が目指すべきIT国家とは、新しい価値観で国民が幸せを感じる社会に変化する事であると考えます。ですから、政府が主張するIT化で生産が拡大し、市場が拡大し、雇用が拡大するという「拡大幻想」は全く、あてにならないシナリオであると考えます。何故なら、そのような「工業社会でのものさし」は、情報社会では言い得ないからです。 世界の流れから我が国をこのまま放置しておけば、雇用構造は悪化し、国民生活に悪い影響を与えるのは当たり前の事です。世界全体がIT化しているわけですから、世界的に生産は高効率化・合理化・成熟化して行きます。今まで、我が国が得意だった加工貿易は中国を中心とするアジアに移行しました。加工貿易で必要となる雇用市場が移動したわけです。次に半導体の生産市場が台湾や韓国に移動しました。更に液晶ディスプレイや携帯電話等のシステムLSI、プラズマディスプレイ等も次々と生産拠点すなわち雇用市場は、海外に移転して行きます。つまり、日本が得意だった先端産業でさえ、徐々に海外に差を詰められて行くわけです。一方で、国内の市場を見ると、全ての内需関連産業もまた、IT化により、高効率化・合理化・成熟化して行きます。流通システムが再構築され、中間コストは省略され、デフレが起こり、経済が縮小して行くのは当たり前の事です。同時に富とは、安くなる一方の円通貨や、株の事ではなく、変化する電子的数値や、知的財産権を 指すようになって来ています。 このように、情報化社会=IT国家を考える時、どのような社会のグランドデザインを描くかは、今までの社会の経験では通用しません。情報化社会を考える時、雇用構造の変化と新しい価値観の創造は、相互に関連します。これらは避けて通れないクリアーすべき必須条件と考えられます。私は、この困難な経済構造を打破し、新しい夢のあるIT社会を実現したいと考えています。 つまり、情報社会においての富が知であるとするなら、その知は、国民ひとりひとりの新しい価値観に基づくものです。国民一人一人が新しい「知」を以て国家をやり直す覚悟が求められていると考えるのです。 夢のあるIT社会とはなんでしょうか? 戦後日本は工業社会をひた走りました。国際的な経済大国という地位を得たと同時に、我が国は、物質至上主義、拝金主義に成り下がったのではないでしょうか? つまり私たちは得るものも大きかったのですが、失うものも大きかったのではないでしょうか? ある格付け機関のアナリストは、日本の格付けを極端に下げた時に、「日本は資本主義社会の歴史の中でどの国も達していない新たな局面に入ろうとしている。今回の不況は、過去の経験から分析出来るようなものではない。よって格付けがこれほど下がっても仕方ない。」と言っています。私は、この分析を支持すると同時に、結論は逆を考えます。つまり、日本は世界に先駆けて資本主義社会の限界点に最初に達した国家なのではないでしょうか? 今こそ、我が国は、戦後約60年の間に得た悪しき学習である「拝金主義」や個人の欲望を極端に肯定する考えを改め、戦後捨てた我が国の「よき資産」、例えば、日本人の「もったいない」「おかげさま」という美しい心を取り戻す格好のチャンス、格好の時期が来たと、確信している。そのために高度情報化社会という新たなステージへ移行すべきなのである。 それが我が国がITを基盤に形成すべき新しい「富」、すなわち「知」ではないであろうか?
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