![]() |
| 2002-10-27 |
| 瑕疵担保という悪の契約を選択せざるを得なかった理由 |
忙しい3日間だった。 10月24日のコラムへ幾つかの質問があったので、それも織り交ぜ ながら補足的に記す。たまには、政府を擁護してみよう。 99年3月に東京三菱銀行だけが、公的資金投入を断ったわけだが、 体力があり必要なかったわけではなく、ただ単に資金投入という 見っとも無い真似をしたくなかったという面子の問題だったと認 識している。それを証拠に「不良債権問題処理は完了した」筈な のに、不良債権は益々増加してきた。つまり、引当金をこの程度 にしておこうという、本来の引当金産出とは逆算による、いや、 面子重視の数字であるからして、当然と言えば当然。 よって、10月24日の日経新聞の見出しが私は気になって仕様がな かった。政府が「引当て積み増し迫る」という見出しだ。私から 言わせれば、いままでルールどおり引き当てていないから、きち んとやりなさいという意味である。ただ、下手をすると、正直な 引き当てを積んだ場合、日本の銀行は貸し倒れリスクに見合う、 収益が確保されていないことが晒されてしまう。それ程に財務内 容が悪化していると私は思っている。とかく金融機関の「検査」 とは、規定どおりやっているという話を余り聞いたことがないと いうのは、多くの金融マンの実感ではなかろうか。 長銀が国有化されたときの条件として、金融再生法では国有化の 後に何処かできれいに買ってもらえるような銀行として不良債権 処理を行うことだったはず。それを不良債権をほぼ丸抱えで国有 化期間が終わってしまった。つまり、当時の安斎頭取は、何もし なかったわけである。よって、誰かに売らなければならなかった という現状があり、金融再生法自体にも問題があったと判断でき る。買い手が付くまで国有化を継続するという道を作っておくべ きであったし、今後銀行が国有化されたとき重要な点である。売 らなければならない事態にあって、不良債権が処理されていない 銀行をそのままの条件で誰かが買うはずがない。 そこで、瑕疵担保という発想が生まれてしまったとも判断でき る。何も瑕疵担保を日本政府が認めたのは、所謂、陰謀論だけで 片付けずとも説明が付いてしまう。 つまり、今ここに来てすら、銀行の経営者たちは責任を取りたく ない、自分たちの代で問題は起きてもらいたくないというスケベ 根性丸出しなのである。好い加減竹中大臣も余りにも情けなくキ レる寸前であろうと思う。 税効果会計は自己資本の40%以上を占めていることを当時マスコ ミは批判する側だったはずなのに、いま何故銀行代わり立場に立 ち、突然ルール変更だとか、公的資金ありきを見出しとするので あろう。そうそう、銀行は新聞各紙のスポンサーであった。スポ ンサーの悪口を書く、新聞社などまぁ、余りいないであろう。 新生銀行へ瑕疵担保契約をつけてでも売らねばならなかった事情 には、銀行経営者の無責任体質があるのである。今回の雁首そろ えた構図は実にみっともない。 ※今週の街頭予定 28日・・・近鉄恩智 29日・・・八尾南 30日・・・JR久宝寺 31日・・・近鉄高安 1日・・・JR志紀 |