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| 2002-10-30 |
| 長尾たかし流、補選の振り返り |
何なんだこれはっ、、、、。 7選挙区で行われた、補欠選挙を振り返った時、政党所属者とし ての勝敗をコメントする前に、投票率に驚かされた。投票率が上 っていたら、どうだったという世界の話ではなく、選挙権とは何 かを有権者は認識するべきだ。政治がどうのこうの言うのなら ば、政治不信があるのならば、候補者にロクなのがいないとなら ば、「白票を投じるべき」だ。 私が他の政党所属の公認候補予定者として最も違う部分があると したら、「有権者批判」をする部分かもしれない。何故なら、私 は旧サイトで「有権者よっ、覚醒せよっ」を訴えてきた人間だ。 だから、立場が変わって当選したいばかりの甘えによって、言動 が変化するならば、今まで支援してくださった方々への背任行為 となる。だから、当然、主張を変えない。 10月25日ある地方紙で私に関する記事が出ていた。その結びに 「政治を変えるも有権者次第です」と結ばれていた。「長尾ちゃ ん、あれマズイヨ」のアドバイスもあった。が一方で「よくぞ言 った、その調子で新しい風を吹き込んでくれっ」の激励もあっ た。間違いなく私の発言であり、私の真意である。それが有権者 受けしないこともわかっている。 サラリーマン時代に一番嫌だったことは、忙しいとか何だかんだ ともっともな理由をつけ、選挙に行かず、政治批判を酒の肴に飲 酒することだった。私が当時政治に両足を突っ込んでいたことは 誰も知らぬ訳で、非常に辛い瞬間であったと共に、格好の学習の 場であった。白票を投じるという意思表示こそ、政治不信という 意思表示ではあるまいかとの思考もその頃芽生えたものだった。 選挙権を得るために、特に女性参政権の歴史を紐解いたことがあ るか?選挙権を無駄にし過ぎではないかと思ったりする。 しかし、自己を振り返るにそれは私の一番嫌いな啓蒙主義を指し ているとも自己分析でき自己矛盾が生ずる。有権者の覚醒が先 か、政治家の覚醒が先かという問いには明確に答えられない。今 日も散々政治家としてどういうグランドデザインをお持ちかな る、「おいおい、俺に聞く前にエコノミカルにそちらからもグラ ンドデザインをご教授頂きたい」と反論するも、そういう反論を しているうちはプロじゃないとバッサリ何度も叩き切られる。揚 げ足を取られる。グウの音もない。このヤロウ(--;)……まぁ、ま だまだ私も未熟である。 7選挙区中5選挙区が政治と金に関わる問題で議員辞職をし、補選 を行わざるを得なかったという事実を認識しつつ、訴えた政党も 居なければ、有権者も存在しない。それを証拠にすべての当選者 がその点についての言及がなかった。これが実に残念であった。 我国の民意というのは成熟しているのか否かを問いたい。覚醒さ せようとしている私のような意見が傲慢なのか否か。投票率が悪 いということは政治の側にも問題は当然ある。当たり前だ。しか し、政治側「だけ」の責任なのか。どうぞご感想をお聞かせ願い たい。 昨日は、田原総一朗の講演を聞いた。目新しい話はなかったが、 話の組み立て方が上手く、参考になった、。ただ、単純に思う に、言いたい放題いったところで所詮彼は安全なところに居る。 竹中だ、木村だと批判コイテモ、彼等とは背負っているものが軽 い。だから評論家であり、政治家にはなれない。居心地がいいと 思う。と言ったところで、その呟きにすら「政治家としてプロに なっていない」とダメ出しをされる一日であった。 |