2002-11-19
七五三・日本会議・財務金融委員会

11月16日、民主党大阪府連主催の公職選挙法勉強会に出席する。グレー
ゾーンが多く、少々理解に苦しむ。ただ、だいぶ自分的に整理できてき
た。終了後、上京。兄貴分であるあつく幸彦氏のタウンミーティングに
参加。第一回開催時は一有権者として参加。それが、被選挙権を行使し
様ということになるとは、、、、、。「最近こないと思っていたら、そ
ういうことだったのかぁ、おめでとう。」と、皆さんから祝福を受け
る。

11月17日、娘の3歳の誕生日と、七五三。東京の婆2人が手薬煉を引いて
待っていた。不思議なもので、着物を着ると少々おしとやかになる。
「あかりちゃん、ス・テ・キよ」と耳打ちすると「あら、そぉお?」と
実に生意気に育ってくれた。1歳の長男、宰はスーツを着せてみたが、
なかなか様になっている。ボケらぁーとしていたが、彼もまた正装をす
ると妙に胸を張って歩いている。

昨日18日は日本会議設立5周年記念式典に出席。2000人での国家斉唱は
グット来るものがある。中川昭一氏は相変わらず歯切れ良く、李登輝か
らのメッセージには日本人としてももっと頑張らねばと改めて心に誓
う。麻生太郎の記念講演に於いて私が常々父から教育を受けてきた言葉
がそのままあった。「我国は現世に生きるものたちの国家ではない。先
達たちのもの、そして、生れ来る次世代たちのもの。我々は祖国日本を
継承発展させる義務がある」。そのとおりである。無責任な企業家達、
政治家、役人、売国奴の為に、我国を失ってはならぬ。

サンフランシスコ講和条約により日本が大東亜戦争以降、初めて独立を
してから、今年4月28日で丁度50周年。そんな節目の年に自分が今政治
の側に立って活動していることは実に名誉なことであると思う。しか
し、憲法調査会の中山太郎は、登壇に際しても、降壇に際しても国旗に
礼を払わなかった。3年間も彼は一体何をやっていたのかが垣間見え
る。その後、横田めぐみさんのご両親が日本会義でお礼と決意のご挨拶
をされる。中山太郎の実の弟は、北朝鮮擁護派の中山正輝。何とも言え
ぬキャスティングだ。安部晋三官房副長官は、穏やかで、紳士的な挨
拶。通路での声掛けにも気軽に応え、丁寧な身のこなし。民主党の議員
も数名参加していた。2000人の万歳三唱で閉会。その後、5人で一献。
中野に場所を移し、メンバー変えて3人で一献。帰宅は午前3時だった。

19日は午後から参議院財務金融委員会傍聴。委員が、少しでも回答に詰
まるやいなや、一体その頭脳の何処にどうやって情報を仕舞い込んでい
るのだろう。相変わらず、役人の手際の良さには恐れ入る。

女房、子供達と東京駅で合流し、大阪へ帰ってきた。明日からまた街宣
活動である。