2003-01-05
靖国に代わる国立墓地設立には、当然反対するっ

事務所が市役所通りに面しているゆえ、飛び込みの来客が時々あ
る。嬉しい限りだ。暮れに2人の来客があった。靖国を巡る論議に
ある国立墓地設立に関する理解と、私の署名が欲しいという。せ
っかくの来客、まずはじっくりとお二人の意見に耳を傾けた。

そして、丁重にお断りした。

お2人の意見も良く解る。ついでに、次にどんな材料を持ってきて
私を説得しようかとのその先の話ネタまで予想がついた。そし
て、その通りに話は進められた。1時間ほどの間に私は聞き役に徹
したので、目的は達成されるであろうとお思いになったと思う。
しかし、相手の主張を捻じ曲げてでも自論を押し通すつもりはな
いが、反対なものは、反対である。かなりがっかりされた様子で
あり、「何故ですか」と聞かれたので、意見を述べた。

きっと、あまりにも片方だけの議論の中に置かれていたのであろ
う。「そんな筈はない」を繰り返す。

国立墓地の設立には反対である。靖国神社は「殉難死者」を祀る
ものとして尊重されるべきだと思っている。これは(これより、小
林よしのりの魂が乗移るのだが)、国民の総意だと認識している。

法治国家であるから、選挙で選ばれた国会議員による国会におい
ての決定、法律に従うのが筋である。当然、感情論、反対論は存
在すべきではあるが、それとこれとは別個のもの。国会で決定さ
れたことなのである。

今年はサンフランシスコ講和条約締結から50年。言い換えれば、
戦争状態が終結して、50年。私は東京裁判とは「戦時中」の連合
国による一方的な国際法上なんら根拠のない野蛮な報復儀式であ
ると思っている。だから、A級戦犯というレッテル貼りは、国際法
無視の裁判の中での出来事。

しかし、講和条約には厄介なる「11条」が存在する。11条「戦争
犯罪法廷の裁判を受諾し、・・・これらの法廷が課した刑を執行
するものとする」よって、「講和条約で日本は東京裁判を受諾し
ている以上、A級戦犯を合祀している靖国神社は不適切」、A級
戦犯を合祀した靖国参拝は「裁判受諾」に違反する行為だという
のが、靖国反対派の主張である。

しかし、2つの疑問が存在する。一つは、講和条約のあり方に関す
る議論。そもそも講和条約が和解の当然の帰結として、国際法上
の大赦、すなわちすべての戦争犯罪の責任を免除することは国
際法学会の通説である。つまり、この11条自体がこの長い歴史
を持つ慣習に逸脱したものだという国際的な強い批判がある。も
う一つは、「裁判を受諾」したのではなく、「判決を受諾」した
のであるという点。つまり、裁判全体のあり方、意義、位置づけ
まで受諾、同意したのではないとする考え。手元の資料による
と、佐藤和男・青山学院大学名誉教授は昭和61年の国際法学会
でこの点を当代一流の国際法学者たちと議論したが、すべての外
国人学者がこの見解に同意したという。

これら東京裁判のあり方と、講和条約本来の意味合いについての
議論が国会でなされ、「戦争状態が終結した」と同時に、戦犯の
汚名を着せられた「彼等」のために名誉回復の大運動が起こっ
た。そして、昭和28年8月に遺族等援護法が改正されて、連合軍に
より軍事裁判で有罪とされたすべての人たちは、日本の国内法に
おいては罪人とみなさないという判断基準が明確に示されたので
ある。それも、国会で。

そう国会で決定されたのである。

靖国を巡る議論は数々あれど、それ程靖国に、A級戦犯合祀に反対
ならば、昭和28年に遡って、議論する必要がある。少なくとも遺
族等援護法の再改正が必要であろう。しかし、反対派は、自虐的
歴史観の元、人情論、感情論でしか異議、主張をしない。

連合軍が裁いた「戦犯」は、「罪人」ではないのだ。これが、国
会決議であったのだ。国会議員が決議したこと、すなわち、選挙
で選ばれた国民の代弁者の決定。つまり、国民の総意だと言って
いるのである。法治国家ならば、この決定に従うべきである。議
論はその別フィールドで徹底的にやればよい。

付け加えると、誰を祭神としているかは靖国神社ではなく、終戦
後は厚生省が行っていた。昭和31年、遺族会からの「戦没者靖国
合祀」の要望を受け、厚生省引揚援護局が作った遺族等援護法と
恩給法の適用を受ける戦没者の名簿をもとに、靖国神社が合祀し
た。繰り返すが、厚生省が戦没者を個別審査をして「祭神名票」
を作成し、靖国がこれを受理し、「霊爾簿」を作り、合祀したの
である。昭和34年に最初の「戦犯」の合祀を行なった。このやり
方は昭和52年まで続く。靖国神社が、その意思でA級戦犯を合祀し
たのは、昭和53年。   んーーーーっ。

微妙である。臭う。

昭和52年、一体何があったのだろうか。これを御存知の方がいら
っしゃったらお教えいただきたい。実は、合祀後も中国・韓国の
反発はなかった。昭和60年、中曽根首相10回目の参拝のときから
である。8年間に、歴代首相が20回ほど参拝している。不思議では
ないかっ。この時以降、靖国問題は、中国・韓国にとって都合の
良い外交カードにされているとしか思えないのである。

戦争責任。戦争を始めた行為を批判するならば、ルーズベルト、
蒋介石、チャーチルも避難されるべき。真珠湾? ハルノートを突
きつけられ、「宣戦」してしまった日本は哀れである。しかし、
ルーズベルトの娘婿、カーチス・ドール氏の手記によると、ルー
ズベルトは「私は宣戦はしない、戦争を作るのだ」と語っていた
という。百歩譲って、喧嘩両成敗。既に50年を経ている。大東亜
戦争、「その是非は千年後の歴史家に委ねる」とは、私の父の絶
筆に記された言葉だ。

英霊の御霊は靖国にいる。靖国へ行けば彼らに会えるのだ。

私は、「核保有一党独裁軍国主義国家・中華人民共和国」から、
我国を軍国主義国家呼ばわりされたくない。私はアジアの平和を
こよなく愛する。国立墓地設立には反対である。