2003-02-11
軍隊について

10日のコラムに対し数通のご意見を頂いた。うち2件が「軍国主義者呼
ばわり」のメールだった。長尾たかしは軍隊についてどう考えているの
か。

はっきり記そう。

「日本国は独自の軍隊を保有すべき」と考える。理由は「自国は自国で
守るもの」だからだ。単純な理由である。暴漢にナイフを突き刺されて
から喧嘩を始めたのでは明らかに遅い。売られた喧嘩を買っても誰も非
難はしないだろう。暴漢から家族を守らなければならない。かといっ
て、お隣さんに守ってもらうなどすれば、家族から尊敬されなくなる。

いざとなれば、男は女・子供を守って死ぬ。それが「男の覚悟」という
ものだ。

戦争をしたくて仕様がないブッシュと一緒にしてもらっては困る。ま
た、一党独裁軍国主義国家中国人民共和国とも違う。日本は独自の軍隊
を保有し、軍事力をうまく管理する能力を持つべきだ。大東亜戦争は関
わったもの達、全てにとって悲惨なものだった、戦争とは外交の延長線
上にあるもの、そして、戦争は二度と起こしてはならない。だから、軍
事力を管理するシステムが必要である。国際社会の秩序を保つために
は、国家がそれぞれの責任において秩序をつくる必要がある。 

国連などに任せてはならない。実は彼らこそ「戦争を起している人た
ち」なのだ。彼らは「核という大量殺戮兵器」を保有している。「イラ
クの細菌兵器」となんら違いはない。同じ大量殺戮兵器だ。

だから、そういった兵器を持たぬ我国日本こそが平和を訴えることが出
来る、唯一その資格がある国家なのだ。

喧嘩を売られる可能性がないとは言わせない。気が狂ってミサイルを打
ち込んでくるかもしれぬ国家がすぐお隣にあるではないか。兵士を丸腰
で戦場へ出撃させる国家が国家といえるのか。いつの世も戦地へ赴くの
は兵士であり、政治家はその後ろに控えいつでも安全なところに非難し
ている。国防を真剣に考えるべきときである。

「軍隊などもってのほかっ。それよりも、戦争を回避させるための平和
的な話し合いが大切だ。」と主張する諸氏に告ぐ。もしも他国から不当
な攻撃を受けても憲法九条を死守し「絶対に戦わない」というのなら、
百歩譲って、それならそれで結構だ。ただし、その時は国民に対し「一
切戦わず、座して死を選べ」と説得してからにして欲しい。全日本国民
にその位の「覚悟」をさせることができるならば、私は憲法九条死守を
認めよう。軍隊を持たず話し合いだけで世界の荒波を乗り切っていただ
きたい。「先の悲惨な戦争を考えたとき周辺国家に対する配慮、、、
云々」を説く方々に対しても同じことを言いたい。

有事が起きたときに日本人がそれ程の「平常心」を保つことが出来るか
どうかを考えたとき疑問である。座して死を選ぶなど考えられない。

天に誓って、戦争は好まぬが、敗北は絶対に許されない。東京裁判など
まだまだ良い方だ。日本人は、戦争に負ける本当の恐ろしさを知らない
のだ。

以下、元自衛隊作戦幕僚、松村氏の文章を紹介して終わる。

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(前略)

結局、政権を握っている政治家の顔色、政策、国防の基本方針、既
存の法律などからのトップ・ダウン思考が支配する。そして現場の
実情や戦場の摩擦から乖離した政策が議論されることになる。これ
では戦場の要求に応えられない。「敗北の様相」の研究にいたっては、
ほとんど絶無である。

日本の戦争は大部分が国内戦であった。

強い戦国武将軍が弱い戦国武将軍の領地に侵攻してきても一言葉は
通じた。文化もほとんど同じである。敗北した大名の国の農民も奴
隷になることはないし、皆殺しに遭うことも少なかった。攻め込ん
だ戦国武将軍も平気で相手国の水を飲むことができた。世界では敗
者は井戸に毒を投げ込んで逃げるのが常識だ。

しかも日本が初めて外国に敗北した第二次世界大戦では、米軍が異
例のやさしい占領政策を行った。だから、日本人は「敗北」がそれ
ほど恐ろしいものだと感じていない。しかし、世界史における敗北
はそんなに生易しいものではない。

住民は良く扱われて奴隷である。通常は「民族浄化」か「民族追放」
である。悪ければ「皆殺し」だ。 

例えば、1940年、ソ連軍は降伏したポーランド軍人、指導者たち約
一万五千人を虐殺した(カチンの森事件)。米軍はベトナム戦争でソ
ンミ村の虐穀事件(百五十〜三百五十人を殺害)を起こし、北ベト
ナム軍もフエ虐殺事件(干〜千五百人を殺害)を起こしている。カ
ンボジアのポル・ポトは国連推定約百六十万人を殺し、イラクのフ
セインはクルド人(国連調査では約四千人以上)を毒殺している。
ルフンダ、ブルンジの大虐殺は耳に新しい。中国の古代戦史では、
勝者は敗者の人肉を食べた。 

日本人は、戦争における敗北についての認識を世界の常識並みにす
る必要がある。そうでなければ、日本における防衛論議は世界の非
常識になる。 

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「民族浄化」か「民族追放」である。悪ければ「皆殺し」。それが戦争
の恐ろしさであり、回避できない戦いに臨んでは、必ず勝たなければな
らないと私は考える。国家を、家族を、愛する人たちを守るために。座
して死は選べない。

そんなことを考える私は軍国主義者であろうか?

変な言い方であるが、今日アメリカですら、イラク攻撃が困難な時代。
日本から先制攻撃をすることは考えられない。

※本日31万アクセスを超えた。感謝。