2003-05-30
外国人参政権について・・・その2

私の外国人参政権反対に関する質問を幾つか受けた。また、地元
でも時々質問を受けることがあるので改めて記す。長々と記せ
ば、こうなるが、もっと端的に記そう。

まず、国民であるという事が大前提なのは、亜細亜において基
本。例えば、在日韓国人に参政権を認める議論において、韓国本
国すら、国民であることを前提としている。在韓日本人には参政
権は憲法において認めないわけで、実に自然なことだと思う。在
日韓国人だけを特別視は出来ない。欧米では永住権のみで認めて
いるとは言うが、かの国々には歴史、国民の連続性がない。民族
浄化を繰り返す欧米民族と、島国民族、半島民族と比較するのは
単なる欧米かぶれか、国家感のない方。それは、韓国に対しても
失礼である。

次に、戦後保障云々を主張する方がいるが、それは以前のコラム
に記したとおり。それとこれとは違う。そして、外国人参政権と
いう問題において私にとって、韓国人も、アメリカ人も、イギリ
ス人も、イラク人もすべてが外国人。その議論は成り立たない。

そして、今まで記していなかったこととして。「外国人参政権
を、、」と支援する方々は、外国人の票田を新規確保をしたいと
いうスケベ根性が見え見えであるということ。それを証拠に、被
選挙権と抱き合わせの議論が皆無。参政権だけを与えて、在日の
地位向上に貢献したと見せかける、在日を利用する政治運動以外
の何ものでもない。所謂、世に蔓延る「偽善君」たちだ。被選挙
権と抱き合わせ議論では、時間がかかる。だから、参政権にのみ
議論を浅くし、新規票田を確保するという手法。

だから、私としては、参政権と同時に被選挙権を同時に与える議
論こそ必要であると思っている。さすれば、国家とは何か、民族
とはないか、お互いの国家民族を尊重しあう中で、おのずと結論
は出てこよう。

私は在日の敵ではない。むしろ、在日を利用する連中たちには徹
底抗戦をする覚悟をする者である。真の意味での外国人の地位向
上に努めていく覚悟である。

※この類の議論で私の手法として、在日「外国人」という言葉の
みを使う。話し相手が、何処かの外国を特定している場合におい
ては、それ以外の外国人を差別してはいないか、あるいは眼中に
ないか、その辺りを探りながら議論すると有意義である。