2003-08-15
終戦記念日・・・英霊に感謝する

8月15日がやってきた。戦没者追悼祈念行事にお招きいただき、大阪護
国神社で1日を過ごす。

蝉時雨の中、首筋がジリジリと熱い。祝詞が流れる中、なんと、近所に
ある住江ボートの騒音が、、、。「この時間くらいせめて黙祷くらい出
来ないものかなぁ」と呟きながら、正午、英霊に感謝する者、何にも感
じない者。これが現実かっ。

大阪でも靖国訴訟が行なわれているが、原告たちの一方的な歴史観には
ホトホト呆れる。稲田朋美弁護士の戦いは辛く厳しい。彼女のこの1年
半は素晴らしいの一言に尽きる。今後とも支援していきたい。今ここ
で、国民運動から、靖国とは何かを今一度国民すべてが考えていけば、
自ずとそのあるべき方向性は見出される。

何処に息子を靖国の祭神にしたくて戦争へ送り出す親がいるものか。武
運つたなく、国家に殉じたのだから、お祭りして欲しいという遺族の気
持ちに誰が異論を唱えることが出来ようというものか。英霊に対する感
謝の念を持つということは、万国共通の意識というもの。こんな当たり
前の自然発生的なことに、異論を唱える人々。私は残念でならない。

今日の読売新聞の社説でA級戦犯の中に閣僚、それも法務大臣になった
人がいると、恥ずかしながら初めて知った。A級戦犯とは何だったのか
と題された社説では、A級戦犯は絞首刑にされた、7人を含め、文官、
軍人合計25人。うち、禁固7年とされた、重光葵元外相は戦後、鳩山内
閣の時、副総理、外相となり、終身刑だった加賀屋興宣元蔵相は、池田
内閣の時に、法務大臣を努めていたと記されていた。

A級戦犯の合祀について、特定国家からの内政干渉とも言えるような圧
力があることは事実。しかし、合祀は国会で決議されたことであり、前
述のとおりA級戦犯から閣僚になった人がいるにもかかわらず、当時は
はなんに問題にならなかった、、、これは何故か。

いずれにせよ、「靖国で会おう」とお互い誓い合って散った英霊の魂
に、平成に生きる我々は、如何に感謝と、恩恵の念を表すればよいの
か。湧き出ずる思いで、何ら曇りもなく感謝できる世の中を作らねば、
日本国家に明日はないような気がする。

英霊に、戦没者すべての魂に、日本人として、今私の命があるのは、皆
さんのお陰だと、心から感謝する。