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| 2003-11-29 |
| 41歳の誕生日に親子とは何かを考える |
命の大切さ尊さを教えてくれたのは母であった。母は大正11年に生ま れ、40歳の初産で私を産んだ。、戦中肺結核を患い片肺となり、肺活量 は1400cc。まさに生き死にの覚悟だった。そもそも出産と言うものが生 き死にの覚悟であり、私達の命はそんな尊い覚悟の元に授かったもので あると母親に感謝しなければならない。母親に感謝する日。それは母の 日ではなく、自分の誕生日であるはずだ。 41年前の今日私は、母の尊い覚悟の元、命を授かった。 3年間の一人暮らしと、「私への心配」が原因だと思うが、母が昨日入 院した。誕生日に顔を見せることが出来たのは、数年振りである。もう 81歳、寂しさももう限界かもしれない。ケアマネージャーも含めて今後 のことも話さなければならない。 一方、仕事や人生の生き様を教えてくれたのは父であった。私が政治を 目指した背景には父の存在と、父が大陸で過ごしたことが大きく関係し てくる。高度成長期に土木建築業界で生きてきた父の帰宅は午前様が当 たり前。母が家庭を守ってきた。父がほとんどいない家庭であっても、 母は父を尊敬していた。父親の尊厳を頑なに守っていた。当然それに値 する父親であったとは思う。そして、不思議なもので、成人してからは 父との関わりが多くの時間を占めるようになっていた。何よりも正義感 が強いところ、それによって作らなくともよい敵を作ってしまうところ は、父親譲りであると諦めている。 母と父。それぞれの役割があって。私は育てられたのだと思っている。 我が家はどうだろうか。女房は4歳と2歳の子供を抱えて実に頑張って くれている。母親とは凄いものだと感じさせることが何度あっただろ う。子供が薬を誤って飲み込んでしまったときもそうだった。ただの熱 ではないと察知し病院へ連れて行ったら、ただの熱ではなかったこと。 母親ならではの感覚、能力である。父親では気付かない。だから自然は 男と女を作ったのだろう。そして、何よりも「母乳のスイッチ」。妊娠 するとその準備をするスイッチが入る。出産後初めての母乳をやるとス イッチが入り、母性にもスイッチが入ると言う。そして、断乳するとス イッチが切れる。傍で母としての女房を見ていて、母親の素晴らしい役 割と能力に圧倒され尊敬しきり。 「長尾たかしは子育てを一切しない」!?!?!? 失敬なっ、オムツ(ウン チも)代えるし、風呂にも入れる。父としてできることは随時行ってい る。女房は同窓会で私が終日子供と遊ぶ事だってあった。子供が世話に なっている先生の名前と顔が一致しているし、サラリーマン時代にだっ て、仕事を休んで子供の行事に参加したこともある。 父親として我が子にできることは何か。20年後に父親の生き様を子供達 がどう感じるか、、、。私の父がそうしたように、自分の素直な生き様 を示していくことかもしれない。そして、父親、母親としてそれぞれの 性の違いを尊重した役割をもって、子育てをしていこうと感ずる41回目 の誕生日である。 |