2004-03-24
ルールなき喧嘩

2003年9月に親米派であるパレスチナのアッバス首相が辞表提出。
ロードマップも頓挫。そして、今回のヤシン氏殺害。殺害であ
る。イスラエル国防省ではアラファト氏の暗殺も視野に入れると
しているが、暗殺とは、「暗に殺す」もので、発表するものでは
ないだろうに。喧嘩の仕方にもルールがあったはずだが、もうな
んでも有りである。

アメリカとしては、パレスチナvSイスラエルに留めておきたかっ
ただろうが、もうそうはいかない。アッバス首相の辞表提出がそ
れを象徴している。矛先はアメリカに向けられ、それを支持する
各国、つまり日本も含むわけでいつ何時テロが仕向けられてもお
かしくない。無差別テロであり、話し合いやルールなど存在しな
い。

台湾総統選挙問題も解決しない。国民党は選挙の無効を訴え抵抗
する戦略に出たが、陳総統があっさりと再集計を受け入れる発言
をした。与党が法律改正に動いたことで肩透かしを食らった野
党。国民党が与党時代には公正な選挙など実施したことがないわ
けで、ここで法律改正という整然とした解決方法の前例を作られ
たのでは逆に都合が悪い。だから、法改正ではなく緊急事態時に
おける総統の判断による再集計をせよと挑む。しかし、やっぱり
台湾議会のお家芸、乱闘が勃発。ルールもあったもんじゃない。

卒業した中学校の裏に通称「青嵐森」があった。昼休みなどは周
辺の中学校の番長クラスが青嵐森に集まって決闘をしたものだ。
番長同士が戦ってシマを決める。それが、喧嘩の中のルールであ
った。何時しか釘の刺さった棒っ切れを持って集団で喧嘩をす
る、いじめに変わる、ルールなき喧嘩が主流となり、人を人とも
思わぬ殺人へ。

怒りの爆発のさせ方がズレ捲くっているような気がする。