2004-03-30
国歌斉唱・国歌独唱

「生徒の卒業だけを祝ってあげて欲しい」。それを伝える文章で
あると前置きさせていただく。※「どちらの味方につく」という
主張ではない。

卒業シーズン、国旗国家法をめぐるゴタゴタに生徒が巻き込まれ
ている。東京では某公立高校OB教師が、式典の前に「国歌斉唱で
立ちたくない人は立たなくてもよい権利がある」云々の演説をか
まし、強制退場させられた。生徒の卒業式を冒涜しているとしか
言いようがない。卒業式の主役は卒業生であり、それを送別する
在校生にとっても、重要な式典。

違った意見を持った大人同士の主張を爆発させる場ではないはず
だ。

私は国旗国家法には反対だった。「えっ」と、意外に思われるか
もしれないが、いまでも反対。何故なら、そんなもの法律にすべ
きではなく、沸き出ずるものであるはずと思うからだ。法律にす
ることで「強制させられている」と感ずる人々を逆撫でし、泥沼
化するだけであり、、、・・・現にそうなっている。

何でも憲法や法律でけじめをつけるものではない。法の以前に秩
序や伝統文化、沸き出ずる感情があって国家は成り立つものだと
思っている。

国旗国家法に関する意見がいろいろとあることは承知している。
だが、卒業式にそれをわざわざ表面化させてよいのだろうか。生
徒のために場を考えられないだろうか。公立高校音楽教師が処分
され運動
も起きているが、音楽教師曰く「心と体が一体となれない。君が
代の伴奏をすると思うだけで夜も眠れない。」そういう感情を否
定するつもりはない。しかし、それを生徒に見せるのは如何なも
のか。サラリーマンなど毎日、心と体が分離するような矛盾の中
で仕事をしている。その先生の個人的な資質だと理解するが、こ
れは社会人として少々問題。子供は大人の真似をする。「先生
っ、この曲ですが、心と体が一体となれないので、こんな曲授業
で歌うことはできません」と生徒に言われたら、どう対処するの
だろう。

教育委員会も「法律を守りなさーいっ」と、イイ大人に対して卒
業式マニュアル的な「通達文」を出さなければならないほど、係
る議論を避けて今後どうするつもりなのだ。問題はエスカレート
するだけである。やはり、国旗国家法は制定するべきではなかっ
た。

さて、話は突然変わって、今日大リーグが日本で開幕するが、ス
ポーツイベントで最近気になることがある。国歌の「独唱」が目
立つ。多くのセレモニーを見ても、同じ旋律で皆で歌う「斉唱」
ではなく、「独唱」である。

国歌は「斉唱」ではないだろうか。