2004-08-15
8月15日終戦記念日

お盆を実家で過ごした。今年82歳になる母は全力投球で騒ぎ捲くる2人
の孫に少々ぐったりしていた。

母は21歳の時結核を患い、療養所に入った。片肺になりながらも経過は
順調で、完全治癒。半ば家を追われるように入所したため、そのまま療
養所で働くことになる。何百人と言う人たちの最期を看取ったという。
助かった命に感謝し、そんな生活を7年続けた。

父(大正元年生れ)は満州電業在職中結核になった。結核が舌まで迫り、
死ぬのを待つだけ。だが、第一次ブラジル移民であった兄達の計らい
で、格安のストレプトマイシンが手に入り、病状は好転する。しかし、
それと引き換えに献身的な看病をしてくれた妻・豊子は病死する。当
然、豊子の魂は長尾家で供養している。

戦後療養所を移り、そこで出会った、私の実母・喜恵と再婚する。そし
て、その10年後に私は生れた。思えば私の命は多くの人達のご縁で与え
られたものなのだ。

今日は、8月15日終戦記念日。我家の家訓に則って、靖国神社へ参拝し
た。戦争は悲惨だ。二度と繰り返してはならない。日露戦争から丁度
100年。しかし、100年前、戦争は悲惨だからといって、旅順攻防をしな
かったとしたら、バルチック艦隊と戦わなかったとしたら、今、我国確
実に存在しない。人の言葉を借りれば、「チェチェンのように、ロシア
相手に独立運動をしていた」に違いない。売られた戦争、自衛の為の戦
争は、やらざるを得ないのではないか。ドラえもんですら、
自衛の為に武器を持って戦っている。

A級戦犯の問題は、以前ココに記した。
相変わらず、戦犯家族の人権は無視され続けている。まるで戦犯家族は
永遠に戦犯家族として後ろ指を指され続けるべきであると言っている様
にも聞こえる。戦犯家族には人権はないのかっ。

秋の国会では、憲法問題が議論されよう。民主党内もこれら見解がバラ
バラだ。バラバラならバラバラで徹底的に議論すべきである。そして、
その議論は、侵略戦争は悪だ(当然)、話し合いで解決を、歴史的認識に
たった謝罪が足りない、憲法ではこういう解釈になるといった、観念論
ではなく、現実に北朝鮮によって拉致被害が出ている、経済主権もアメ
リカに奪われている、中国、北朝鮮は日本を照準にミサイルを配備して
いるといった、事実の認定から始めるべきである。

我々日本国民は、憲法の為に生きているのではない。憲法は国民の為に
あるべきものである。平和憲法の精神は素晴らしいが、戦後日本が、武
力戦争に巻き込まれなかったのは、冷戦の中にあって、アメリカの核の
傘の中にあったからで、憲法のお陰ではないのである。それが冷戦の終
結と共に、派遣国家アメリカの独壇場となった。そんな状況下で、今、
自国を自国の力で守れないと言う日本の現状をテーマに、事実の認定を
徹底議論するときなのである。右だ左だの問題ではない。事実の認定で
ある。シュミレーションはそれからである。

日本が国家として体をなさなくなってしまったならば、国家の為に命を
落とした英霊の魂は何と思うのか。その魂に感謝することで、軍国主義
者と言われることがある現状。決意も新たに今日一日が終わろうとして
いる。