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| 2004-10-22 |
| 郵政民営化問題ではなく、郵政問題であったはず・・・その2 |
【郵貯・簡保で郵便事業の穴埋めをされてきたのだろうか】 さて、郵便事業は前島密によって始められた。明治4年のことであ る。 まずは、東京〜京都〜大阪間に郵便開始。東京は日本橋四日市、 京都は姉小路車屋町西へ入、大阪は中の島淀屋橋角に駅逓司郵便 役所を設置。なんと、明治5年には、海外郵便が開始されている。 北海道の一部を除き全国で郵便開始。明治6年には全国均一料金制 を布告。ここで所謂、ユニバーサル制度が確立したと見てよいと 思う。さて、当時の郵便事業経営がコスト的にいかなるものだっ たかの資料を探してみたが、見つからない。ただ推測するに、郵 便事業は赤字で、どこかで補填する必要があった。そこで、明治8 年に郵便貯金開始することで、採算を合わせたのではないか。あ くまでも穿った見方であるが、詳細を知る方はぜひご一報を。 後、大正5年に簡易保険開始され、郵政三事業が確立する。これも 同じような動機だったのか、、、。この発想の体質が、特殊法人 に対しても財投という形で始められたのではないか。 繰り返すが、郵便と称するならば、そこに何故金融が入り込んで きたのか。単純な疑問である。採算の取れない郵便事業を継続す るために資金が必要ならば、郵貯、簡保からの充当という手段を 使わず、堂々と一般会計予算等から充当するほうが国民にはわか りやすい。民間は採算が取れなくなれば、サービスを撤退する が、郵便事業は違う。堂々と公の機関として継続されるべきとも 思う。 さて、これらユニバーサル制度にある意味貢献したのが、特定郵 便局である。特定郵便局が公務員の世襲ではないかという指摘が されて久しい。 続く |