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| 2005-03-10 |
| 東京大空襲から60年 |
昭和20年3月10日未明、米軍の爆撃機が焼夷弾による空襲を 行い、10万人の「民間人」の命が奪われた。東京大空襲で ある。ゼリー状の油は爆発の瞬間、周囲に飛び散り、木造 建ての日本家屋を燃やすのに効果覿面であったのだ。 本土空襲の指揮を取っていたカーチス・E・ルメイ将軍は 当時「私は日本の民間人を殺したのではない。日本の軍需 工場を破壊していたのだ。日本の都市の民家は全て軍需工 場だった。ある家がボルトを作り、隣の家がナットを作 り、向かいの家がワッシャを作っていた。木と紙でできた 民家の一軒一軒が、全て我々を攻撃する武器の工場になっ ていたのだ。これをやっつけて何が悪いのか。」と振り返 っていた。 しかし、読売新聞の社説によると、「もし、われわれが負 けていたら、私は戦争犯罪人として裁かれていただろう。 幸い、私は勝者の方に属していた」と回顧しているとい う。 東京大空襲を検証しなければならないのは、日本である。 東京裁判史観から脱却するためには戦後還暦といわれる今 年は重要な節目となる。 前出のカーチス・E・ルメイ将軍は、昭和39年「日本の 航空自衛隊の育成に協力した」との理由から、政府から勲 一等旭日大綬章を授与されている。因みに、時の総理大臣 は、後にノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作。これをどう 検証するか。 「歴史の歪み」を正すことこそ平成に生きる我々世代が実 行しなければならないことである。将軍自らが戦争犯罪で あったと振り返っている。これを日本国民は大きなきっか けとしなければならない。 |