2005-04-04
日出づる処の天子、、、

「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す 恙無
きや」

聖徳太子が隋の煬帝に送ったメッセージである。当時皇帝
は中国にしか居らず、冊封外交の下、周辺各国は、国王の
称号に喜んでいた。しかし、聖徳太子だけは隋に対し対等
な外交姿勢を貫いていた。烈火の如く怒り狂った煬帝は、
倭国攻撃を企てたが、高句麗が予断を許さぬ状況であった
為とりあえず怒りを鎮める。

毅然とした姿勢には確固たる裏づけがあった。聖徳太子は
大陸と対等にわたり合う為に、冠位十二階、十七条憲法を
制定。実に堂々とした外交を行ったのだ。

今日の外交は対等どころか、冊封外交を髣髴とさせる謝罪
外交の繰り返し。我国は永遠に謝り続けなければならない
のか。

昨日四天王寺に参拝し、毅然とした外交姿勢こそが我国に
最も必要な「政治魂」と感じたのであった。