2005-12-30
子供が社会に求めているもの

今日は全て徒歩での挨拶訪問。村中は車を止める場所もな
く、徒歩のほうが早く、効率も良い。60件程訪問でき
た。そして、仕事納め。今、上京中の新幹線の中である。

「今年もお世話になりました。」ふと、この言葉の意味す
ることを考えた。人間一人では生きていけない。親子、親
戚、友人、村、街、国家。知らず知らずお世話になってい
る。では、私は人様にお世話できているだろうか。甚だ疑
問である。

強いて言うならば、我が子は、夫婦で「お世話」をしてい
る。同じように、私ども夫婦も、親の世話になってきたわ
けで、今度はお世話しなければならない。先代たちに世話
になり、次世代を世話し、次世代に世話になるのである。
でも、相変わらずの親不孝をしている自分に嫌気がさす。

小児科医であり医学博士の田下昌明氏は「子供が親に求め
ていることは、自由だの、権利だの、独立などではありま
せん。無条件、無制限の愛による「強い保護」なのです
。それはどんな些細なことでも常にまじめに本気で
聞いてくれて、最後は必ず味方になってくれるという固い
絆まことです。」と著著に記していた。

はたして昨今の親達は、子供への無償の愛を注いでいるだ
ろうか。強い保護で子供を守っているだろうか。以前記したよう
に、次世代や子供のことよりも、自分の生き様を優先
してはいないだろうか。自分の、自由や権利を優先し、子
供を後回しにしてはいないだろうか。自分の権利自由
を行使したいがために、子供にも愛や、強い保護ではな
く、権利自由を与えればそれで子供は救われるなどと問題
を摩り替えてはいないだろうか。

私も子供達に対して日々反省ばかりである。また、昨今の
子供に対する虐待や殺人事件がこれほどにまで発生すると
いうのは異常である。下校中の道草が楽しいのに、きっと
子供達は道草の楽しみを知らず大人になっていくのだろ
う。

子供達が社会に求めているものは自由や権利ではない。仮
に保障されていたとしても、無償の愛と強い保護なしには
子供は健全に成長できない。無償の愛と強い保護さえあれ
ば、子供は健全に成長するのである。