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| 2008-01-06 |
| 当たり前のことが、本当の幸せ |
病院にいると、特別なことではないこと、当たり前の小さ な幸せについて考えさせられる。部屋のメンバーにも恵ま れ、女房いわく「なんか、研修所って感じで、危機感の欠 片もない部屋よねっ」といわれるほど、仲が良い。皆網膜 剥離なのだが、一人だけ、ビルの4階から落ちた若者がい る。 昨年の10月から入院生活が続いている。34歳の彼は酔って 自宅からダイビングしたのだそうだ。普通なら落ち込んで いるはずが、生命力を漲らせている。神経も一日に1ミリず つ伸びているので悲観的になることもなく、希望を持って 治療に専念しているそうだ。しかし、上には上がいる。今 日、彼を見舞いに来た若者はなんと、ビルの11階から滑り 落ちて九死に一生を得たという。 「暗くなかんなっていられませんよ。医者に言われまし た。医療技術はあくまでも治療を助けるもの。あとは、生 命力だからと」。彼は生来大変な引っ込み思案だったよう で、怪我をするまでは人に声を掛けるなんてことをしたこ とがなかったという。病室では明るくすることを心掛け る。たくさんの人と話すことを心掛けた。痛い体だけれど も、今日やっと座ることが出来た、寝返りがうてた、足が 動いた、立てた、歩けた。日々の当たり前のことに感謝し つつ、彼は不屈の精神力と生命力で10ヶ月余りで奇跡的に 退院した。 入院中、何を思ってか、解剖学の本を読んだ。人間の体は 自然に動いていると感じているのは意識の上でだけ。原因 と結果が繰り返され、人体は能動的に動いている。不思議 なのではなく、必然なことなのだ。しかし、それは特別な ことではない当たり前のことなのだが、奇跡的なことなの だ。健康でいるとこれを当たり前と勘違いしてしまうのが 人間の愚かなところ。 彼が帰った後、同部屋の人と「網膜剥離なんか彼に比べれ ば棘が刺さったようなことだね」と語り合う。片目が不自 由ということがこれだけ大変なことだとは。なってみて初 めてわかることだということも、頭では分かってはいるが 本当には分からない。そして、治れば完治ということの有 難さも忘れてしまうのだろうか。 体のことだけでなく、家族のこと、仕事のこと。日々の当 たり前に感謝し続けられるように精進したい。 |