2008-06-21
゛有難い゛から゛当然゛へ

「後期高齢者対象世代の全員が弱者ではないっ!年寄りを
大切にするのは有難いが、国はもう少し年寄りに期待して
もいいんじゃないかっ!年寄りの方も病気になったときの
施しばかりを国に期待するのではなく、出来るだけ病気を
せず健やかに社会貢献が出来るようなご奉公をせなあかん
よっ!」75歳支援者からのご意見である。

仰るとおりである。このご指摘を頂いてあることを思い出
した。ある方が阪神淡路大震災でボランティアをしたとき
の話。震災直後はどの方もおにぎり1つを゛ありがたい、あ
りがたい゛と、祈るように食べていた。しかし、時間が経
つとイライラも加わって゛今日はこれだけかい、これっぽ
っちかいっ゛と感謝よりも要求が先に立つ。被災者達の精
神状態は極限なのでこれを悪くは云えないが、心の内に変
化が生まれてくる。゛有難い゛から゛当然゛へという変化
である。

ご指摘のとおり、75歳以上の全員が弱者ではない。経済的
にも恵まれ、健康にも恵まれている方々も多いはず。年齢
で人括りには出来ず、まだまだ、若年層と変わらず意気
揚々と社会貢献をしている方々も多い。国の施しに対して
少々気になる光景が見られることがある。゛健康保険は使
わなければ損である゛という発想。健康保険は保険という
制度が必要な一人為にこそ利用されるべきであるが、誰で
も利用できるから利用してしまえと言う部分はないだろう
か。チョッと体がだるい、マッサージに行く。保険が利
く。だいぶ調子が良くなってきたが使えるもモノは使って
しまおうと雨の日も風の日も朝早くから治療の為に並
ぶ。゛これって、健康じゃんっ゛。

社会主義的発想が戦後の教育やありとあらゆる部分に織り
込まれている。゛施しを受ける、期待する゛これは国民と
して当然であるし、国はその努力をしなければならない。
しかし、期待や要求の゛度が過ぎやしないか゛と思うこと
があるのだ。

一個のおにぎりも、病気を直す為の健康保険制度も、有り
難味のあるうちは、支援、制度として正常。どの辺りで、
そろそろ自分で考えなければ、自分で予防しなければ、も
っと病状の酷い人の為に、、、、、、、、あぁ、なかなか
それは難しい。゛有難い゛から゛当然゛へ。人間はそんな
に強くない。流されてしまう。何も高齢者のことだけでは
ない。我々若年層も同じである。

昔の日本人は自分自身をどのように律したのだろうか?