「私が政治家を目指すことになった理由(わけ)」
 
-私の欠点-
生き死にに関わる苦労を知らないこと。

2001年の暮れ、昔から親しくさせていただいている某芸能プロダクション代表取締役を訪ねた。氏は某大手プロダクションから脱サラし独立した。当時自宅の2階に緑色の文字か浮かび上がるディスプレイのパソコンがたった1台。すべてゼロからのスタートに、私はある種のショックを受けたものだった。その後氏は持ち前の誠実さと行動力で業界でも屈指の芸能プロダクションを創り上げた。

ひとまず今後の話を一通りしてみた。すると氏は「もう決まってるんでしょっ、そういう顔しているもの。」と呟く。続けて「長尾さん僕の独立初日の事務所を見たでしょ。何もかもゼロから初めて、今日までくる過程は長尾さんよく知っているよね。苦労の連続だったけれど、好きだから出来たんだと思う。」「業界最優良の芸能プロダクションを作りたい」が氏の口癖だ。

さらに、「長尾さんの欠点はねぇ、苦労を知らないことだと思うよ。でも、人間苦労を知った人が人間として大成できるし、成功するのだと思う。僕が独立したのは、そう長尾さんと同じ40歳のときだった。」ハンマーで頭を打たれる思いがした。と、同時に勇気が湧いた。

両親の愛に育まれ、大学まで出してもらい、普通に大企業に就職できた。仕事上の悩み、苦労はあれども、生き死にに関わるまでの苦労をしたことがない。生きるとか死ぬとかの深みにおいて「働く」ということを考えた時、私の人生は死生観が芽生えるはずもないほど、豊で幸せで、すべてはお陰様の人生だった。

自分の欠点を知った時、俄然勇気が湧いた。ほぼこのとき自然と自分の進むべき道を選んでいたのだと思う。そして、その意思、決意のまま1月9日の党本部での面接に挑むのであった。
 
 
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