「私が政治家を目指すことになった理由(わけ)」
 
-公認獲得へ向けて本格的スタート-
あくつ議員はある失敗談をしてくれた。

東京都議に立候補したとき、石原軍団が応援演説にきてくれたそうだ。三鷹か何処かの公会堂始まって以来の人出で2000人ほどが集まったようで、「当選は決まったっ」と確信したが、観衆は石原軍団を見にきていたわけで自分の演説を聞きに来たわけではなかったと落戦後気づいた。それから、もっと重要なことはですねっ、有権者も馬鹿じゃない、都議選に立候補するなら都の為になる政策を訴えなければいけないのに、私の政策は国政中心のものだった。それを見ぬかれたんですね、良い勉強になったと。

そして前出の台詞、「長尾さんは国政に出るべきですよ」と続くのである。

2000年10月11日より、様々な党内活動をさせていただいたが、私が初めて民主党本部に伺い、公認候補予定者面接を受けたのは2002年1月9日。そして、次号に記すが、様々な方々との一期一会が、政界に身を置き日本国家の為に、次世代の日本人の為に命を燃やすことを最終的に決意させたのであった。2002年7月10日のことだった。
 
 
 
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【政治という概念の封印】
【日米構造協議の存在】
【大人こそが国家を守らずにどうするのだ】
【橋本発言】
【情報発信】
【台湾総選挙視察】
【私の欠点】
【公認獲得へ向けて本格的スタート】